🇯🇵Japan, Fukushima, Aizuwakamatsu
会津若松市は、戊辰戦争の激戦に耐えた難攻不落の名城の鶴ヶ城や、白虎隊が自刃した悲劇の地、飯盛山など多くの歴史が残る町です。 また日本酒やカレー焼きそば、ソースカツ丼などの食に加え、赤べこや起き上がり小法師などの縁起物、東山温泉など多様な文化を持つ町でもあります。
Aizuwakamatsu, Fukushima
1-1 Ōtemachi, Aizuwakamatsu, Fukushima 965-0873, Japan

新政府軍の猛攻撃に1ヶ月間耐え抜いた難攻不落の名城。会津若松市のシンボル
鶴ヶ城は正式名称「若松城」の別名で、幕末の戊辰戦争では、会津藩の拠点として新政府軍の猛攻に約1ヶ月間耐え抜いた「難攻不落の名城」として知られています。
会津藩の歴史を象徴する鶴ヶ城は、赤瓦で葺かれた天守が特徴的な城郭です。戊辰戦争で籠城戦(ろうじょうせん)の舞台となり、1868年8月23日から9月22日までのちょうど30日間、新政府軍からの攻撃を受けていましたが、9月22日に降伏(開城)しました。
※敵軍の攻撃に対して城や砦、城壁都市に立て籠もり、防衛・抗戦する戦術のこと
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福島県会津若松市一箕町大字八幡

戊辰戦争で白虎隊が自刃した悲劇の地
会津飯盛山は、戊辰戦争の激戦地として知られる悲劇の舞台です。鶴ヶ城の落城を目前にした慶応4年、白虎隊の少年武士たちがこの山で集団自刃した歴史を伝えています。
墓所には19名の隊士が眠り、その名前と享年が刻まれた碑が立っています。
麓には白虎隊記念館があり、隊士たちが残した遺品や手紙などの資料から、当時の会津藩士の誇りと悔恨の想いを感じ取ることができます。会津の城下町を歩む際に欠かせない、歴史の重みが息づく場所です。

福島県会津若松市

蔵造りや木造町家が並ぶレトロな商店街。江戸時代には会津城下の西の玄関口として栄える
会津若松の城下町を象徴する七日町通りは、大正浪漫の風情が漂うレトロな通りです。明治時代~昭和初期に建てられた商家などが、当時の商人たちの繁栄を物語っており、現在もレトロな土産物店やカフェが立ち並んでいます。
江戸時代には会津五街道のうち3つの街道(越後街道、米沢街道、下野街道)が通る城下の西の玄関口として栄え、毎月「7」のつく日に市が立ったことからその名が付きました。

福島県会津若松市東山町大字石山

会津藩家老の西郷頼母邸を中心に復元した歴史テーマパーク
会津藩の家老・西郷頼母邸を中心に、江戸時代の武家屋敷を忠実に復元したスポットです。
白虎隊の悲劇で知られる戊辰戦争の時代背景を学ことができたり、会津の伝統工芸品や特産品のショップも併設されています。
福島県会津若松市一箕町大字八幡

絶対に人とすれ違わない二重螺旋構造の仏堂。国重要文化財に指定
円通三匝堂は、世界で唯一の木造二重らせん構造を持つ仏堂で、登りと下りで絶対に人とすれ違わないことで有名です。
かつてはスロープ沿いに西国三十三観音像が安置されていたため、本来なら数ヶ月かかる三十三観音参りを一度の参拝で体験でき、同じ功徳が得られるとされています。
ただ明治時代に出された神仏分離令と、それに伴う廃仏毀釈の運動により、サザエ堂を管理していた正宗寺が廃寺となり、観音像もすべて取り外されました。
